『あの夏で待ってる』第三話「先輩が言っちゃう...」から第六話「先輩にライバル。」のネタバレ感想です。「見る」「見られる」関係に変化が出てきましたね。
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なんとなくダブルオーを彷彿とする展開になってきたような気がしました。それはなにも、第六話における、海人と幼なじみとの再会に、刹那とマリナ姫の出会いの無茶っぷりを見たからではなく、ファーストシーズンで描かれていた「俯瞰-実感」の対比を、この作品からも感じるからです。この構図はてっきり水島精二監督の世界観だと思っていたので(直近だと『UN-GO』もこの流れを汲んでいると思う)、意外ですね。
作中の映画撮影に象徴されるように、「撮る」「撮られる」(ようは「見る」「見られる」)という関係を、それぞれが一方通行で築いているというのが、この作品。
図にすると、ものすごくわかりやすくて、
美桜→哲朗→柑菜→海人→イチカ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑
檸檬先輩
となっているんですね。そして、それらを俯瞰しているのが、檸檬先輩。だけど、第五話ラストに、柑菜から海人への矢印を哲朗が暴露してしまったことで、この矢印が逆転しつつあるわけです。
美桜←哲朗 柑菜 海人←イチカ
↓↑
檸檬先輩 木下
なかでも、海人は二重に見られてる辺り、主人公ですね。イチカ先輩にも見られ、幼なじみにも見られるという。
一方で柑菜が放り投げられたままなのが、切ない。哲朗がいらんことをしてしまったので、何かしら変化があると思ったら、これだよ。この5人の関係上、誰かの恋が実ってしまったら、必然的に誰か一人女の子が報われないという現実をまざまざと見せつけてきます。檸檬さんが一人でぽつんとしているのは、あくまで彼女が俯瞰者だから、五人の関係のターニングポイントには決して居合わせることができない。
その点、(おそらく)ちゃんと状況を俯瞰した上で、自分の実感を即座に行動に移した木下さんが、凄かった。
これは、例えば、イチカが自分は宇宙人で他の人間とは一段違った視点を持っているからこそ(もちろんいつか地球を離れるという理由もあるけれど)、海人への気持ちを素直に認められないのとは、対照的ですね。逆に、現在柑菜が蚊帳の外になってしまったのは、誰よりも五人の関係を俯瞰して見られていないから。誰よりも自身の感情については実感して行動しているんだけど、矢印の真ん中にいるせいか、自分の状況にまったく気づいていない。
俯瞰だけでも、実感だけでもダメというのは、ダブルオーで嫌と言うほど描かれていたことですが、それが日常ベースで描かれるだけで、ものすごく新鮮に感じます。あー、もうちょっとだけ、本当にもうちょっとだけでもまわりが見られたら、なんとかなりそうなのにと、もどかしくてたまらない。
実際、厳密に言えば、今五人に変化を呼んだのは、哲朗ではなく、その哲朗に対して「それでいいの?」という言葉をかけた美桜だと思うんですが(あの一言がなければ、柑菜の件で哲朗は動かなかったのではないかと)、彼女もまた矢印のいちばん後ろにいるからこそあの五人の中で最も状況がわかっていた。その彼女が、哲朗の気持ちを、そして、おそらくは少しだけ自分の気持ちを慮って言った一言が、状況をめまぐるしくひっくり返す。そんな青春の日々が、たまらなく愛おしい。
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