尾行しているわけでもないのに、僕たちの前をかれこれ二時間以上は歩き続けている彼女の「目的」とは一体何なのか?

pixivでも公開している自作小説「シックス・センス」です。あっちだけだと読めない人もいるだろうと思い、こちらにも上げておきます。


 シックス・センス             かもめ

「何だ、あの背中」
 また始まったよ、と呆れつつも、隣を歩く男、椎葉がぶしつけにも指さす背中を眺める。
「なっ?」
変だろう? と彼は続けるが、何ということはない、普通の背中だ。ブランドものであろうスーツに包まれたその背中は、あまりにありふれていて、本来ならばそれほど気にすることもなかっただろう。肩越しで切りそろえられた黒髪は楚々として可愛らしいし、歩く度に揺れて見えるうなじに先ほどから少しドキドキしていた。僕たちの前を歩く女性は、おおむねどこにでもいる普通のOLに見えた。
 そう、強いて普通ではない点をあげるなら、かれこれ二時間近くも彼女が僕たちの前を歩き続けていることだろうか。

§

 椎葉には後ろ姿を見るだけでその人の何もかもが見えてしまう「力」がある。ある、らしい。それまでその人が経験した何もかもが見えてくるそうだ。
「俺には、どういうわけか人を見透かす力がある。それに気づいたのはもうずっと前、子供の頃の話だ。俺はとにかくおじいちゃんが好きでね、会うたびにじいちゃんの後ろをぷーぷーと歩いていたわけだ。するとだ、なんだかいろんなものが見える。そのときは何が何だかわからなかったけど、今ならわかるよ。あれはじいちゃんが体験してきたことだったんだ」
 胡散臭いことこの上ないが、彼はいたって真面目にこの話をする。その真剣な横顔を信じたわけではない。断じて信じたわけではないが、有り体に言えば今一緒にいるのはそのためだ。その能力のためかどうかはわからないが、彼が人間観察に長けているのは事実だったのだ。

§

最初に、おやっ、と思ったのは、椎葉と一緒に銀行を訪れた時だ。どうにも見覚えのある後ろ姿があるなぁ、と考え込んでいたら、それが彼女だった。僕の記憶が正しければ、彼女は先ほど訪れた郵便局にもいた。
 ちらりと見えた横顔が自分の好みだったことも、記憶に残った原因のひとつだろうが、僕がATMでお金を引き出しているあいだ、彼女は何をするわけでもなく、ぶらぶらとしていたので、気にはなっていたのだ。
 そんな彼女は、この銀行でもまた同じようにぶらぶらしている。僕は僕で預金残高にため息をついていたり、なけなしのお金を引き出すので忙しかったりで、すべての行動を見ていたわけではない。だが、ATMでお金を引き出すわけでもなく、窓口でキャッシングの相談をするわけでもなさそうなのは、事実だ。彼女はいったい何をしているのだろうか。その頃にはすでにふつふつと湧いてくる疑問に好奇心を隠せずにいた。

 それから今に至るまで約二時間。
 恋人へのプレゼントを買うために向かった宝石店にも、その途中のどが渇いたので立ち寄ったコンビニにも、彼女はいた。
 コンビニでも変わらなかった彼女の様子が変化したのは、宝石店でのことだ。予想以上に高いパールの値段におののき、やっぱり仕方がないな、と諦めた僕から少し離れたところで、彼女も食い入るようにケースの中を覗いていた。
「やっぱりここは難しそうだなー」
 ぼそりと彼女がつぶやいた。近くにいる店員にも聞こえないような本当に小さな声だったが、僕の耳にはっきりと届いた。
地獄耳なのだ。
 宝石店を出て、その言葉の意味を僕が吟味しているあいだも、彼女は僕たちの前を歩いている。僕は再度郵便局に向かおうと考えたのだが、どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。
 その辺りで、椎葉が気づいた。
 気づくのが随分と遅い気がするが、彼は彼でそれどころではなかったのだろう。椎葉は背中以外にも何か言いたそうにしているが、黙殺して彼女のあとを追った。
 彼女は不思議なぐらい後ろを振り向かない。椎葉のように、背中を見てその人の何もかもがわかるわけではないが、そんな僕にも彼女の背中から満ちあふれているものはわかる。
 自信だ。絶対に、上手くいくという自身への信頼感。
 だが、彼女が行おうとしているのは、れっきとした犯罪だ。郵便局、銀行、コンビニ、宝石店。彼女が訪れた場所、そして、彼女がその場でしていたことを考えれば、一目瞭然だ。彼女はただぶらぶらとしていたわけでない。監視カメラの位置や店員の様子、非常用ベルの場所をつぶさに観察していたのだ。
 つまり、彼女は強盗しようとしているのではないか。今郵便局への道を辿っていることを考えれば、おそらくは郵便局を。
 根拠に乏しいことはわかっている。だが、僕の感覚はそう訴えかけるのだ。彼女は強盗だと。
 だから、郵便局が視界に入ったそのとき、僕は動いた。十メートル近くあった距離を一気に縮め、彼女の肩に手をかける。
 女は怪訝そうに振り向いた。向かい合ってしまえば、もうこっちのものだ。相手の気持ちが、僕には手にとるように分かる。
「お姉さん、強盗でもする気?」
 びくんと彼女の肩が震える。表情に動揺がありありと見えた。思った以上にわかりやすいタイプだったらしい。
「ならさ、一緒にやろうよ」
 同類としての勘が彼女を強盗だと告げるのだ。