
劇場版『マクロスフロンティア(マクロスF) 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜』のネタバレ感想です。やー、凄まじい映画体験でした。
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色々と本編とは設定が違うところがあるんですが、やっぱり根っこは変わらない。元々「出会い、愛し、愛される」ことをテーマに添えた作品で、それが最終話に明かされるというのが、本編だったんですが、多分劇場版もそれは変わっていない。
だけど、TV放送版がその「愛」のための手段「飛翔行為」(出会うこと)を追っていたのに対して、劇場版は愛し合う「個」に焦点が当てられていたんだろうな、と。だからこそ、シェリルやランカとの出会い、ランカが歌うきっかけになる紙飛行機がカットされて、シェリルの内面に踏み込んでいくシーンが追加された。あのシーン、「銀河の妖精」であるシェリル・ノームではなく、「素」のシェリルにアルトがどんどん肉薄していく様はホントニヤニヤしてしまったな。無駄にエロかったし(笑)。
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で、そんなシェリルですが、『イツワリノウタヒメ』と銘打たれている通り、割と「虚」に満ち溢れているように、今回描かれているわけですね。
それは冒頭のライブシーンからかなり顕著だったので、どうなるのかなと気が気でなかったんですが……。
新曲「ユニバーサル・バニー」をバックに描かれたのは、ねじ巻き人形と自身が操り人形と化しているようなカットで。バックに彼女を操る者がいるようなシーンになっている(まあ、多分今回もグレイス・オコナーが黒幕なんでしょうが)。
そういうシーンを描いておいて、「スター・デイト」よろしくアルトがシェリルの内面へと踏み込んでいく辺りがさすがだなぁ、と。そして、例のキスシーンをランカに目撃され、あまつさえそれを見られていたのにアルトが気づくというアレンジに。ランカとの仲直りのために、自身の歌舞伎経験――役に入り込みすぎて「自分」がなくなってしまうじゃないかという不安――を踏まえて、シェリルのことを語るという。
しかも、それだけでは飽きたらず、「想いを伝える石」ことフォールド・クォーツ(あのイヤリングね)を介して、アルトがまたシェリルの内面へと近づいていくわけですよ。
独りにしてほしくない。
どこまでも「素」のシェリルに会いに行くことが描かれる劇場版虚空歌姫。
そして、ラストの「オベリスク」を歌い出すシーンがまた凄まじかった。ランカがバジュラを引きつけようと下方へと走っていくのに対して、シェリルは銀河の妖精としてではなく「個」として、アルトのために歌おうと高みへと上っていくという。これ多分本編のことを思うと、完結編では反転すると思うんですが、とにかく熱かった。
にもかかわらず、
ここでグレイスが介入していくのが完結編「サヨナラノツバサ」へのタメですよね。「オベリスク」を歌いだしたきっかけはアルト(そして、ランカ)のためだったのに、それをフロンティア全土のために歌っているといって放送させるという。
あくまでシェリルに「銀河の妖精」としての役割を強いるグレイス。
予想外であろう流れに、自分の計画を結びつけた感がかなりあって、だからこそ、ここで描かれるブレラとアルトの共闘、シェリルとランカのデュエットはしっくり来ない。本編ラストの彼らの戦いを思うと、これは違う。「偽」の流れになっている。
それでも、そんな虚構に満ち溢れた世界で、唯一本当なのはアルト・シェリル・ランカのトライアングルという。というか、マクロスFは彼ら三人の物語なんだよなやっぱり。だからこそ、シェリルの「独りじゃないのがわかったから」というのがもう凄まじく良いわけですね。ああ、もう今から完結編が楽しみだ。
→Blu-ray版は2010年10月7日発売(7月29日追記)
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コメント
「偽」の終わり=始まりといえば、「地球少女アルジュナ」の1話〜2話で原発の話の展開を想起させますね。
劇場版Fの工場船盛りのライブのシークエンスは、オーラスーツを身に纏う勢いでランカが走るw雪が降るラストなんかそのまんま引用してるとしか言いようがない(敵が3DCGで描かれていることや、名前も似ているし)。
河森さん的に「アルジュナ」という型はVFシリーズと同様、いかにバリエーションに富みつつ究極を目指すかということをテーマにしてきて、劇場版Fがひとまずの完成形となるのかな。
>ストレンジさん
初めまして。お返事が遅くなって申し訳ないです。
「地球少女アルジュナ」は未視聴なのですが、それだけ共通点があるとちょっと見てみたくなりました。河森監督絡みの作品なんですね。『サヨナラノツバサ』公開までに見てみようと思います。
>河森さん的に「アルジュナ」という型はVFシリーズと同様、いかにバリエーションに富みつつ究極を目指すかということをテーマにしてきて、劇場版Fがひとまずの完成形となるのかな。
なるほど、河森監督の中で「アルジュナ」が物語の原型で、その完成形が劇場版Fだということでしょうか。
個人的に劇場版Fは「愛」の物語だと思っているので(笑)、『アルジュナ』にその辺りも含まれているなら、俄然ストレンジさんの考察はそのものずばりなんじゃないかなぁ、と思います。
『地球少女アルジュナ』を見て、完結編に備えようと思います。コメントありがとうございます。ではではー