「良いかい、キルシー。形をまず押さえておけば、そこに感情だって生まれてくる。ほら、悲しくても微笑めば、悲しさが和らぐことだってあるじゃない」(エーリス・カスティネン)

 エーリスの言葉に、なんとなくドールを重ねながら、聞き入っていました。人間をつくっているのは、心だけじゃない。身体も重要なファクターなんだという主張が見え隠れしているような……
 果たして、器でしかないドールにも、感情が宿るんでしょうか。



「夢を見ないことは確認されています。でも、見てるのかもしれないですね、穏やかな夢を」

 という石崎香那美さんの言葉を聞いていると、壮大な夢を見てるのかもしれないなぁ、と思い始めました。契約者は夢を見ない、ドールには感情がないという夢を。

 よくよく考えてみると、契約者に心がないとか、ドールは自律思考しないとか言っているのは、契約者自身ではなく、周りの普通の人なんですね。観測間違いをしているのは、実はそちら側という可能性も十分アリです。



 今回登場した二人の契約者、イツァークとベルタが、また人間くさくて良い感じですねー。なんか最近、普通の人間よりも契約者の方が人間くさいんじゃないかと思うようになりましたよ。前回の禿げたおじさんの方がよっぽど、契約者っぽかった。

 で、二人の対価はというと、イツァークが詩を書くこと、ベルタが煙草を食べること。対価は「失われた人間性を取り戻そうとする行為」だという意見に僕は賛同していますが、今回はストレートにそんな感じ。

 前者はあえて語らず、後者の「煙草を食べる」という対価について。
 ベルタは歌手だということで――イツァークも指摘していますが――煙草を吸えなかったのでしょう。でも、吸いたかった。また、今は随分肥えていますが、歌手時代はおそらく体型維持に苦労したのでしょう。だから、食べたいものが食べられなかった。でも、食べたかった
 そういう、煙草を吸いたいという願望と、食べたいものを食べたいという願望が、歪んだ形として表れてきたのが、今回の「対価」だったんじゃないかなぁ。ああ、なんて不憫な対価。



 なんというか、今回のエピソードで、ゲートっていうのは、もしかして「心」しかない存在なんじゃないかなぁ、と思った。古典SF的に言えば、チューブに繋がれて脳だけで生きている感じの。
 だからこそ、契約の代償として、人の心、感情を奪う。人体という「器」を置き去りにしていくのは、それを必要としない存在だから。

 ゲートを心しかない存在だと捉えると、心しかないゲートと形しかないドール、そして、心と形を持っている人間という構図が見えてくる。そして、人間というのは何でできているのか、という問いが、自然と表れてくる。
 黒<ヘイ>という人間性と身体性を備えた契約者をメインに添えていることから、おそらく形だけでも心だけでもダメ、人間というのは心もあって形もあって、初めて人間っていうんだよ、という主張に繋がっていくんだと思います。



 そして、もう一つ。
 まず形が大切だという今回の主張、そして、第2話の千晶ドールのように、どちらかといえばドールを感傷的に扱っていることから、感情だけの存在よりは形だけの存在の方が遙かに良いというスタンスなんだと思います。だって、形があれば心が宿るんだから。

 ドールという、現実には存在しないもので語ると難しいですね。だから、例えば、ドールを植物人間と置き換えてみると、ちょっとわかりやすくなるんじゃないかと。
 脳死との厳密な区別がついていないので、ここでは植物人間というのは生きるための機能はあるけれど、人間的な機能は失ってしまった人だと考えます。生きているだけで、心は失ってしまったドールと似ていますね。もしかしたら、植物人間を念頭に置いて、制作者はドールという設定を作り出したのかもしれません。

 ここで、周りの人が心を失ったことに悲観して、生きるための機能を奪ってしまったら、どうなるでしょう? 当然、死んで形を失ったものには、心が戻ってきません。でも、心を失ったとしても、形――身体が残っていれば(生きていれば)、心が戻ってくるかもしれません。事実、植物人間になっても、快復していく事例はあります。
 これが現実的に「形があれば心が宿る」というテーマを補完していくので、ドールが心を取り戻すのもありえないことじゃない。でも、周りが何もしなければ、やっぱり心を取り戻せないと思うんですね。

 心を失った人に心を取り戻させるのは、やっぱり周りが何かしなければならない。では、何をすればいいのかというと、僕は「人間として接してあげる」ことなんじゃないかと思うんです。話しかけたり、手を握ってあげたり、ご飯を食べさせてあげたり……ね。
 香那美さんも「個人差をよく把握して。モニターや計器に頼りすぎないように」と、機械的に接するのではなく、ちゃんと個人個人、人間として接するように言ってますよ。出番は少ないけれど、重要な台詞多いなぁ、香那美さん。

 今回銀<イン>が「帰らない……帰らない」と自己主張を始めた。つまり、心を取り戻す前兆を見せ始めたわけですが、それを促したのは黒<ヘイ>だと思うんですね。前回の「ありがとう」や飴玉をあげたのは、銀<イン>と人間的に接していこうという黒<ヘイ>の心の表れだと僕は思っていますが、そういう態度が銀<イン>に変化を促したんだと僕は考えますよ。

※追記
 キコのことを忘れていました。キコもまた、ドールとか契約者とか関係なしに、銀<イン>と接していましたね(知らなかっただけですが)。香那美さん同様、キコもテーマ的には結構重要なキャラクターだったりして(笑)。



 ……で。
 黒<ヘイ>チームの中で唯一銀<イン>を人間扱いしていない男、黄<ホァン>さんのお話に辿り着くわけです。僕的には、今回のキーパーソンだと思っています。人間側で初めて、契約者やドールに感情があることに気づき、人間的に接し始めるのが、黄<ホァン>さんではないかと期待しているんですが……、どうかなぁ。

 契約者なのに心がある黒<ヘイ>と、身体を失ってすでに心を取り戻したように見える猫<マオ>と、心を取り戻しつつある銀<イン>のそばにいる黄<ホァン>が、契約者に心があると気づくのは至極当然だと思います。そこで、もう一歩踏み出せるか、ですね。

「いいな? 銀<イン>を殺れ。お前らがやらねえってなら、俺が殺る」

 とか今回仰ってますが、次回銀<イン>の人間性を垣間見、その手を止めるんだろうなぁ。そこで、黒<ヘイ>や猫<マオ>や銀<イン>を認めてくれたら良いんだけど。

 銀<イン>を認めた黄<ホァン>さんが、そっぽを向きながら、銀<イン>のタバコ屋で煙草を買っていくシーンなんか想像してみると、ちょっと良いと思いません?




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