「ワルキューレ編」開始から、ベルベット捕獲まで。
 神話特有の入り込みにくさみたいなものを感じています。これは物語に没入するまで、時間がかかりそうだなぁ。「ペルソナ3フェス」が個人的に面白くなってきたところだったので、並行でプレイすることになるかも。

 あと、聞いていたとおり、少々難易度が高め。あまりアクションゲームが得意じゃない方は、難易度を下げてプレイした方が良いんじゃないかと思います。いや、難易度を下げるなんてプライドが許さない! という人は、空を駆けましょう。今の所、僕のグウェンドリンは、「空をかける少女」という異名がつきそうなほど、空を駆けてます。さらに逆エクスカリバー(約束された勝利の剣)連発。……すみません、ただの滑空攻撃です(笑)。


 物語になんとなく、入り込むことができないのは、唐突に始まることが一番の原因じゃないかなぁ、と思います。オープニングもなく、唐突にグリゼルダの死から始まる――物語の途中から、本を読まされているような……そんな感じがしませんか?
 それに所謂「神話」に対する入り込みにくさみたいなものも感じますよね。「神話って読んでみたいけど、でも、なんとなく踏み込みがたいような……」という理由で、神話に二の足を踏んでいる人も多いと思いますが、まさにそんな感じ。しかも「オーディンスフィア」は神話をモチーフに「物語」を作るのではなく、まさに「神話」を作ろうとしている。
 後世に語り継がれるような神話ができるのか、楽しみです。



 しかし、初っぱなから竜と戦うことになるとは思わなかった。まあ「竜殺し」というのは、なんとなく特別な印象を与えますが。
 このベリアル、「ART WORKS」によると、三体の竜の内、一番賢明で心優しいそうですが……、思いっきり獰猛な姿をしています。というか、三体の内で一番凶暴なやつの間違いじゃないのか(笑)。



 グリゼルダもグウェンドリンも、父であるオーダインに愛されることを欲して戦うけれど、オーダインが本当に愛していたのはベルベット(ひいてはベルベットの母親であるバレンタイン王国王女)というのが切ない。しかも、とうのベルベットは、オーダインを恨んでいるという、よくあるシチュエーション(こういうのも、やはり神話が始まりなんだろうか)。
 あー、でも、なんか最後は娘たちを庇って、オーダイン死にそうだな。



 神話といえば、やっぱり「裏切り」だろ? 的王道を地でいく男、ブリガン将軍。こいつ、絶対造反しますよね(苦笑)。こいつの裏切りで、ラグナネイブル王国は滅びるんじゃないかなぁ。されど、それは必要なプロセスだと思います、グウェンドリンにとって。



 グウェンドリンは愛されることを欲しているけれど、では、自分は愛する側に回れるのかというのが、割とキーになるんじゃないかなぁと思ったり。「ワルキューレ編」のラストで、おそらく戦うという使命を帯びたワルキューレという存在(生き方)から解放され、一人の女として生きることになると思いますが、そのとき他者を愛することができるのか――と。男との結婚はワルキューレにとって恥でしかなかったけれど、その慣習から解放され、一人の女として愛する男の子を身ごもることができるのかと。
 人一倍愛されることに執着したワルキューレは、他の者に新しい生き方を掲示する――それがグウェンドリンではないかと。

「戦いに散ることで魂は誇り高く輝く
  鳥たちは信じている
   それだけが唯一
  永遠の魂を得る道なのだと」


 という序文も、暗にワルキューレの生き方を否定していますしね。