「寒くなってきたな」
 しかし千反田は、少し驚いたように目を見開き、それから柔らかく笑うと、ゆっくりかぶりを振った。
「いいえ。もう春です」


 米澤穂信さんの古典部シリーズ第4巻『遠まわりする雛』のネタバレ感想です。古典部シリーズのTVアニメ化を記念して、本読みブログから引っ張ってきました。




 待望の古典部シリーズ最新刊。
 入学直後から春休みまで、古典部の一年を傑作短編七つでお送ります。シリーズのファンはもちろん、本シリーズを初めて読もうという方もこれからどうぞ(あらすじはこちらをどうぞ)。個々の「日常の謎」もさることながら、一年を通した古典部員四人の関係(正確には折木奉太郎と千反田える、福部里志と伊原摩邪花の関係ですが)の変化が楽しくて楽しくて。やっぱり、米澤穂信さんの作品の中では古典部が一番スキ。あまりの面白さに、思わず汎夢殿(米澤穂信さんのHP)で次巻の予定を確認してしまった。ぎゃー、予定が載ってない(笑)。この引きで次巻はいつに出るんだろうなぁ。来年読めるのだろうか。ああもう、めっちゃ楽しみだ。


■やるべきことなら手短に

 まずは入学直後のエピソード。
 大きな面倒よりも小さな面倒を選んでしまう折木奉太郎の巻。

 のらりくらりと千反田さんをコントロールする折木だけれど、里志にその姿に違和感があると指摘される。結局、千反田さんに対する折木の反応が、「氷菓」事件を解決に導き、巡り巡って一年後の春休みに、伊原さんに対する里志の反応と同じ結果を生むことになったのかなぁ。

 自身の「信条」と「感情」の乖離が鍵なんでしょうか(「信情」と書いてみようかと思いましたが、さすがに気取りすぎかな)。

■大罪を犯す

 一学期のエピソード。
 あの温厚な千反田さんが怒った!?とシャープペンシルの芯を折る折木奉太郎の巻。

 数学教師が進度を間違ったのは何故かという謎解きはされますが、あとは至って普通の放課後。こういう気安い雰囲気が、文科系部活の特徴だよなぁ。ちょっと、というか、かなり懐かしいです。

■正体見たり

 夏休みらしい合宿エピソード。
 温泉で上せて、気づくと目の前にいる千反田さんに驚く折木奉太郎の巻。

 本作に収録されている中では、一番古い作品。なんとなんと、五年前のザ・スニーカーに収録された一編。ここでさりげなく出されている、ある“知識”が、数年後に書かれた短編の解決策になっているのが熱い。

 宿泊先の姉妹に、ちょっと残念な感情を抱いてしまう千反田さんだけど、「気が置けない関係」というのはただ「仲良し」なだけじゃないよなぁ。恋愛感情を除けば、十分里志と伊原さんも「気が置けない関係」だと思いますし……、ああ、でもやっぱり違うかな。今の所、古典部員四人の中では「気が置けない関係」は築かれていないような気も。

「尊敬できる姉か、可愛い弟」が欲しいといった千反田さんに対して、それならホータローとこれからも付き合っていればいつか……と思ったのはナイショ(笑)。そういう伏線、ではないですよね(苦笑)。

■心あたりのあるものは

 二学期。
 ある日の放課後、千反田さんにみっともない勝負を挑む折木奉太郎の巻き。

 ある一本の放送が驚愕の真相に結びつく展開に、圧巻(ただし、確認は取れず)。割とそれまで「なーんだ」と思えるような解決だったので、これにはびっくり。そして、何故こんなゲームをすることになったのか、その理由を一緒に忘れる折木と千反田さんにほんわり。全体的に、折木さんと千反田さんのボケボケな関係が好きだったりします。

■あきましておめでとう

 お正月。
 元旦から、おみくじで凶を引き、千反田さんと共に納屋に閉じ込められる折木奉太郎の巻。

 諸事情により、大声で助けを呼べない状況になるんですが、そのためにあれやこれやと脱出の手を打つ展開が面白い(とはいっても、やっていることは同じなんですが)。

■手作りチョコレート事件

 三学期、時はバレンタインデー。
 千反田さんにチョコレートをもらえない折木奉太郎の巻。

 上級生を蹴り飛ばしたくなるホータロー。やっぱり、千反田さんからチョコレートがもらいたかったのか(笑)。

 伊原さんに対する里志の複雑な感情が垣間見える回ですが、率直に「おまえら考えすぎだろう」と言いたくなる。論理武装しすぎなんだよなぁ、みんな(正確には男二人)。賢しい。それが面白いところでもあるんですが、もう少し情緒的でも良いんじゃないと。

 そもそも、自分の信条こそ、いつでもいつまでも疑うものなんじゃないかなぁ、と思いますが、どうでしょうか。

■遠まわりする雛

 そして、春休み。
「生き雛」として町内を歩く千反田さんに、傘をさす折木奉太郎の巻。

 千反田さんの「折木さんに、紹介したかったんです」という言葉を、読者はどう受け取れば良いのか。まずそれに悩む。折木が千反田さんに抱いた感情については、里志が伊原さんに抱いている感情と同じものだと見て、問題ないと思いますが、千反田さんはどうなのか。

 古典部シリーズは「折木たちが神山高校を卒業するまでの物語」ということですが、それだと折木たちの卒業後のお話はどういう意味を持つのかなぁ。折木が言えなかった言葉については、ただの「プロポーズ」なので(笑)、今は放っておくとして、はてさてどうなることやら。

 でもまあ、結局「折木よ、がんばれ」としか言えないよなぁ。まあ、うだつが上がらないホータローに、お姉さんが蹴りを入れて活を入れるシーンなんて、容易に連想できてしまうのですが(笑)。



 キャラ萌え視点からでも、ミステリー読みの視点からでも楽しめる短編が七つっていうのは凄まじいよなぁ、としみじみ。

 そんな豪華な短編集、堪能しました(ごちそうさま!)。

遠まわりする雛 (角川文庫)
遠まわりする雛 (角川文庫)
ふたりの距離の概算
ふたりの距離の概算