あいばさんに招待してもらって、一昨日から話題のGoogle+始めてみました。その報告と、実名/匿名についての雑感など。まあいつもしている話ですが。


 自分の周りでやっている人がいなかったこともあり、現在のGoogle+に参加することは諦めていたのですが、先日ランゲージ・ダイアリーのあいばさんが始められて、参加し始めた次第です(現在はテスター中で招待制)。

 150人までなら、ぼくからも招待できるようなので、興味がある人はメールアドレスを添えて、コメント欄かメールフォームからご連絡ください。招待しますよー。

 流行のFacebookとか興味はあったけれど、実名で登録っていうのがどうもな……という人にオススメです。見ていると結構人名ですらない名前で登録している人がいるので、そうした規制がまだ緩いのだと思います(ぼくは大伴将樹というペンネームで登録してます。由来はナイショ(笑))。

 実際、ぼくもFacebookには興味がありつつも、実名実名という流れが気にくわなくて始めなかったクチです。それは何故かというと、もちろんこの実名/匿名に対する議論はいろんな抽象度で話せると思うんですが、ものすごく有り体にいえば、「その人が何を言っているのか」で、人間を見たいんですよね。

 信用という言葉に置き換えてもいいです。

 ある人が(自分にとって)信用できる人かどうかは、「その人の言葉」で決めたい。もちろんここで大切にしているのは「その人の言葉」の方ですよ。

 読者の方に考え方が平均的と突っ込まれるだけあっても、ぼくもたいがい凡人ですから、テレビなどを見ていて、有名大学の教授がこの事件についてこうコメントしていると言われれば、ああ、それが正しいのかな、と思ってしまう(信用してしまう)。

 でも、それは「その人の言葉」を信じたわけではなく、その人の「肩書き」を信じただけで、最終的にはその人のことを慮ったりしていないんじゃないかと思うんですよね。この場合、相手がテレビの向こう側にいる大学教授なので、別にそれでも良いのかもしれませんが(大学生とは一般に大学教授のことを敵視こそすれ(笑)、慮ったりしない)、どうにも腑に落ちない。

 だから、ぼくは例えば、コメントをいただくときでも、監督がインタビューでこう答えてましたとだけ言われるよりは、その人の言葉を聞きたいんですよね。どんな人なのかな、普段、どんなこと考えている人なのかな、あの人ならこれをどう読むか、とか思いを巡らしたい。

 まあそうやって考えてると、稀に、いや最近のこと思えば、よくトンデモない「勘違い」に気づいたりするんですが(笑)、そうしたワンクッションが必要なんじゃないかと。有り体に言えば、その人はどういう人なのかというレッテルを貼るまでが勝負(レッテルを貼ってしまうこと自体は、逃れようのないことだと思いますし、その人が自分にとってどんな人だと考えるかは、他の大多数の人と分かつ重大なポイントだと思います)。あるレッテルを貼ってしまったら、よっぽどこちら側にそのバイアスをフラットに戻せる力がないと、その人がこーゆー人だと思いながら、接してしまう。

#まあ、最近この偏見も、容易に吹っ飛ばし得るものなんだと気づきましたが。それでも何かきっかけがないと難しい。

 実名である程度プロフィールを公開していれば、その人がどういう人かすぐ判断できるとは思いますが、そうした時間を減らしてしまうのはもったいないような気がする。まあ、そんな理由で、ぼくは実名主義に関してはあまり乗り気ではないです。

#ちなみに、これはコミュニケーションを取るのが目的なら、です。情報収集がメインであれば、また違ってきます。Twitterはフォローしている人が増えすぎたので、コミュニケーションツールというよりは情報収集がメインになっていしまってる。

 実際問題、Google+のプロフィールには開口一番「かもめなのに、ペンギン」なる謎の文言が入ってますので、ぱっと見、怪しすぎると思います。というか、意味わからん(笑)。

 そんな感じで、実名とかあんまり気にせずゆるゆるやってます。結構長文も書けるので、読んでいる最中の本の感想や疑問点などを洗い出したりとか、いろんな作品を横断する文章を書く際の草稿をまとめたりとかできそうです。

 そんなわけで興味のある方は、ご連絡ください。改めて、メールフォーム貼っときます。あっ、早々登録の際にGmailのアカウントが必要になるので、お持ちの方はそちらで送ってください。ではー。

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