WS000100「重要なのは、覇道の資質だ」(御門龍明)

『神咒神威神楽』体験版2のネタバレ感想/プレイ日記です。


「すなわち、魂を狂奔させる将器の質だ! なあ、化外(おまえたち)もそれに率いられているのだろう! なんとも皮肉な話だな!」(久雅竜胆)

 東征はいわば、将としての器(今回龍明が語っていたように、他者を染め上げる力)が、竜胆と夜都賀波岐第一柱「夜刀」でどちらの方が高いのかという戦いになる、という勝利条件の掲示がされたエピソード。その前哨戦として、まずは竜胆が自分の器を見せつけたのが、今回だったのかな、と。

#と同時に、前回の感想でちらっと触れましたが、竜胆の価値観は旧世界の残滓を感じさせるという意味で、西側の人間で唯一夜都賀波岐の無念を汲み取れる(彼らを抱いてやれる)存在とも言えるわけで。その両名が、それと知らずに全力で殺し合わざるを得ない状況というのは、有り体にいえば、非常に「えげつない」。これをあえてそうしたのであれば、まさに「外道」。

 ただ彼女の「他力本願」が、「天狗道」という俺様至上主義の世界において、本当にカウンターになりうるのか、という疑問も同時に描かれていた話でもあったのかな、と。実質夜行という「イレギュラー」があったからこそ、なんとか手長足長の随神相を退けられたわけで、一箇所に船を固め、紫織と宗次郎の二連撃で仕留めるという竜胆の策は失敗している。

 確か仏教用語としての「他力本願」の本当の意味は、自分の為すべき事をすべて為した上で、あとは他者の力に委ねるというものだったかと思うので、これから竜胆が将としての役割をどう果たして、覇吐達に託していくのか注目して、読みたいですね。



 作中でも黒船来航が東征の契機となっているだけに、明治時代の歴史を知っておくと、何かと楽しめるのではないかと感じた体験版弐でした。

 例えば、今回「手長足長」(前作『Dire irae』におけるヴァレリア・トリファ神父)がこの世界では失われた言葉で何かしら自分の想いを吐露しているわけですが、覇吐や竜胆達からはしてみれば何を言っているのかわからない。ただ言葉はわからずとも、敵意を、憎悪を剥き出しにされていることだけはわかっている。

 これは明治時代に「国語」が制定されるまでの日本では、結構バラバラの言語を使っていたという事実があるらしく、言葉は意外と通じていなかったということらしいです。そもそも「日本」という国名ですら、奈良時代辺りに対中国との関係において便宜的に使われていたものを、明治に「再発見」されたものだったりします。この辺り、『Dies irae』という旧世界があり、『神咒神威神楽』という現世界があって、いまは新世界(龍明からすれば、元の世界?)を目指している、いわば「再発見」なのかと思うと、感慨深い気がします。

神咒神威神楽 初回版
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