「ねえ、タクト君」(アゲマキ・ワコ)
『STAR DRIVER 輝きのタクト』第二五話「僕たちのアプリポワゼ」のネタバレ感想です。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を読んでいれば、かなりしっくり来るエンディングでしたね。
◇
「ねえ、タクト君。二人の男の子を、こんなにも深く同時に好きになっちゃった女の子の苦しみが、あなたにはわかる?」(アゲマキ・ワコ)
素晴らしい最終話でした。「神話前夜」では決して語られることがなかったクレイス、ワコの本音が語られ始めた瞬間は、展開の意外性(まさかワコの封印を解くのがタクトとは!)と相まって、震えが来た。感動。
これまで「イカ刺しサム」や「神話前夜」などの物語、作中で男性側から女性側への想いは綴られておりましたが、肝心のワコやソラさんの想いは語られることがありませんでした。そんな彼女たちが、彼らに対してどう思っていたのかといえば、二人のことがどちらも好きすぎて、どちらかを選ぶことが出来ないというもの。
「神話前夜」では、クレイスがコルムナとマルクと出会った時期はズレていた。
だからこそ、クレイスはマルクとのキスを受け入れることが出来たわけですね。あの時には、既にコルムナには彼女が見えておらず、必然クレイスはマルクを選ばざるを得なかった(し、それはそれで、彼女にとっても幸せなことだった)。これは、トキオの子を身籠もるというイレギュラーが起きたソラさんの場合もそうだし(そんな幸せさえ、結局得られなかったけれど)、今回スガタがザメクの封印を完了してしまえば、ワコはタクトと自然とくっついていただろう、未来の一つの可能性。
だけど、その陰には、一人の男の犠牲があった。
結局コルムナ――おそらく、「イカ刺しサム」の王様の過去の姿――は救われてはいない。だからこそ、、コルムナとマルクが同時代に出会えていれば、あるいは……という希望が残っていた(スガタのナイフとタクトの輝き、二つが揃うという意味で)。そして、そんな「運命の子」が同時代に揃ってしまったのが、現代の物語で。それがゆえに、ワコは苦悩することになってしまった。
「でも、わたし最近よく思うんだ。わたしはやっぱり、あなたに出会わなければ良かった。あなたが島に来なければ、良かったのに、って」(アゲマキ・ワコ)
そんな彼女の独白を受けながらも(だけど、その想いがタクトに届くことはない)、宇宙(そら)に舞い上がっていくタクト/タウバーンは圧巻でしたね。描かれるとは思っていた、ありえない方法での南十字島からの脱出、こう来るのか! と。ゼロ時間の封印を破るのは確かにいつもゼロ時間外からやってくるタウバーン以外にはありえない。だけど、それはいちばんありえない可能性のはずで、それをここまで説得力溢れる描かれ方をするなんて。スタドラのスタッフは、まさにありえない!(笑)
そして、そんな勢いよく飛び出して行っちゃう彼が、ヘッドのようにはならない(笑)と心底信頼できるのは、彼にはちゃんと大切なものが見えているから。
「僕には見えている!」(ツナシ・タクト)
宇宙(そら)に飛び出しても、彼にとって大事なのは三人で見る空(そら)の方で。この辺りは、今日予習がてら読んでいた『星の王子さま』の展開を彷彿させますね。あちらの方は、地球から見る星々に「僕」が思いを馳せるところで物語が終わるのですが、こちらはむしろ宇宙から見た地球の空に想いを馳せる(一見対比されているようですが、僕の解釈だと同じものに想いを馳せている気がします)。
「凄い空だな」(シンドウ・スガタ)
「ああ、凄いな。でも、僕たちはこれから、これとは違う、もっと凄い空を、きっと見るさ」(ツナシ・タクト)
『星の王子さま』では、地球から見える数え切れない星々の一つで、“僕”が出会った王子さまが笑っているのでは? という希望を持って、星々を眺めています。そして、その他の星には“僕”にとっては縁のない、ちっぽけなものだけれど、そこにはいろんな人が暮らしている。笑顔で星を輝かせている。
タクトたちが最後に見る地球の空の輝きも、同じものなのですね。ザメクが吸収したリビドー(輝き)が、それぞれ持ち主に返っていった後に、輝く地球の空。それはきっと、いまの彼らには縁のない、ちっぽけなものだけど、そこに住む人たちにはとっては大切な輝き。その中には、きっと島を出て行ったサカナちゃんやミズノ、マリノさんもいるでしょうが、ほとんどがタクトたちとは縁がない、懐いていない星々の輝き(僕の読んだ河野万里子さんの訳では、絆を結ぶことを「懐く」と表現しています)。
だけど、ワコがタクトに出会うことができたように、タクトがワコに出会うことができたように、新しい輝きに出会うことはできるし、縁を結ぶこともできる。そして、ワコが持っていたのはそういう強さだった。
「いまでも、そう思う。だって、タクト君みたいな人が、この島に現れたりもするんだから」(アゲマキ・スガタ)
幸村誠さんの作品に『プラネテス』というのがあります。この物語に登場する、確かロックスミスという人物は、「誰よりも遠く」を目指して、宇宙船を作っている人がいた。あるいは、ヘッドのように「誰よりも強く」在ることで、自分の思うがままの世界を作ろうとするヤツもいる。
「誰よりも遠く」、「誰よりも強く」、あるいは「誰よりも早く」。確かに、そんな強さにロマンを感じる少年のような心も僕の中になくはないですが、いまは素直にワコやタクトのような大切な誰かと「出会える」=「懐く」強さに憧れを抱きますね。それはきっと、タクトたち三人のように、ただの夕焼けを黄金の輝きに変えてしまう、本当の強さ。
「あなたは出会った時から、いつもわたしたちを笑顔にしてくれた。それこそが、あなたの第1フェイズなのかもね」(アゲマキ・ワコ)
◇
五十嵐監督や脚本の榎本さんをはじめ、スタッフの方々、素晴らしい作品をありがとうございました。この半年間、毎週毎週楽しみに見ておりました。きっと放送が終わっても、この作品が縁でいろんな人に出会えるのではないかと、そんな予感を胸に秘めております。そんな人との「出会い」を生む素敵な作品を作っていただき、ありがとうございました!!
そして、これまでずっと僕の感想を読んでくださった皆さんも、今までどうもありがとうございましたm(_ _)m ずっと僕の感想を読んでくださっている方もいれば、この作品が縁でこのブログを知った人、いろんな方がいるとは思いますが、また別の作品でお会いしましょう。ではでは。
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コメント
かもめさん、こんばんは。まさかの全編ロボ戦展開でしたね。
もはや週刊レポート提出状態となってしまった感があるのですが、履歴を見ると
まるでタイマンチャットですね(汗)。
ダイオウイカという巨大イカは実際には食用に向かないそうですが、宇宙に浮かぶ
キング・ザメクはまさにイカ大王ですね。
魚の泳ぐ水の惑星に繋がれていたイカ大王は、柵から放たれ、鍵を開けた少年により
印を解かれて長い呪縛から解放された……舞台劇「神話前夜」の続編は、
「改訂・イカ刺しサムの物語」として堂々の完結と相成りました。
BONESオリジナル作品に多い、「主人公の消滅・死」というパターンも見事に
かわしたようですが、スガタ主人公で物語が進行したならば、まさに「消滅・死」の
結末を迎えるばかりのところを、島に来た新たな主人公・タクトによって、
悪い運命全てが上書きされてしまいましたね。
偶然とはいえ今の情勢を考えると、「一人も死なない」という大前提を、
よくぞ貫いてくれたと思います。
そして一発殴るだけでは足りなかった聞き分けのないオヤジはこれ以降、カタシロの
保護観察下に置かれるのでしょうか。
スタドラはおっさん成分が足りなかったのが、少々不満でした(笑)。
“お父様”をぶん殴り、アルフォン…スガタを救い出し、全てが解決して南十字島に
還り付いた彼らは、普通の少年少女として青春を謳歌するのでしょうが、
丸投げされた後日談はきっと補完されますよね?
たくさんの謎も放置されたままなので、劇場版展開はカタいと思っていたんですが、
まるで狐…いや、副部長につままれた気分です(汗)。
とりあえず成層圏附近に派手にぶちまけたデブリは、全部片付けて行って欲しいです。
>れおぽんさん
>かもめさん、こんばんは。まさかの全編ロボ戦展開でしたね。
どうも、かもめです。待っておりましたよ(笑)。今回は即返信できそうで、何よりです(^^)
物語としては、二十二話「神話前夜」ですべて語り終えた!と言わんばかりの、全編ロボ戦は心底燃えましたね! れおぽんさんの期待通りに、綺羅星の面々との共闘展開。そして、ザメクを完全消滅させるために、ワコの封印を解くという離れ業。前期OPで、ただ一人孤独に島から飛び出していったタクト/タウバーンが、ワコの声援と共に宇宙(そら)に舞い上がるシーンは、本当に感無量!!!
>もはや週刊レポート提出状態となってしまった感があるのですが、履歴を見るとまるでタイマンチャットですね(汗)。
完全にタイマン張ってましたね(笑)毎回れおぽんさんがコメントくださるので、僕も責任感を持って、全話感想を書き終えました(四年か五年、このブログをやっていますが、ちゃんと全部書いているのは、これで四作目ぐらいです(笑))。意外とこういう風に支援してくださると、遅くなってもなんとか書こう、と持続しやすかったりします。
今後もこれぐらい暑く熱く篤く語れる作品があると良いですね。
続きます。
つづきです。
>ダイオウイカという巨大イカは実際には食用に向かないそうですが、宇宙に浮かぶキング・ザメクはまさにイカ大王ですね。
>魚の泳ぐ水の惑星に繋がれていたイカ大王は、柵から放たれ、鍵を開けた少年により印を解かれて長い呪縛から解放された……舞台劇「神話前夜」の続編は、「改訂・イカ刺しサムの物語」として堂々の完結と相成りました。
ああ、なるほど。ザメク=イカ大王ですか。
サムが、大事なものを一瞬見失ってしまったのだとすれば、タクトはずっとそれを失わなかった。目の前にある世界の輝きを、捉えられる少年でしたね。
>BONESオリジナル作品に多い、「主人公の消滅・死」というパターンも見事に
かわしたようですが、スガタ主人公で物語が進行したならば、まさに「消滅・死」の結末を迎えるばかりのところを、島に来た新たな主人公・タクトによって、
悪い運命全てが上書きされてしまいましたね。
ある意味で、タクトが来たからこそ、スガタは自身を殺すことができたのだろうかとも思ったり。タクトが島に訪れず、そのままスガタがザメクを封印してしまえば、ワコは一人になってしまう。スガタの意志としては、「ワコを外に出してやる」で一貫していたのだと思いますが、そこだけが気懸かりだった。もしかしたら、次世代に引き継ぐことも考えていたかもしれないけれど、タクトの登場で、その心配は解消された(タクトにワコを託した)。
>偶然とはいえ今の情勢を考えると、「一人も死なない」という大前提を、よくぞ貫いてくれたと思います。
本当に。そして、何よりも、最後に見せてくれた明日(未来)に対する、溢れんばかりの希望が素敵でしたね。
さらに続きます。
らすとわん
>そして一発殴るだけでは足りなかった聞き分けのないオヤジはこれ以降、カタシロの保護観察下に置かれるのでしょうか。
>スタドラはおっさん成分が足りなかったのが、少々不満でした(笑)。
結局は、あのオヤジもわかっているんだとは思うんですけどね。第一話で「祭りの始まりだ」と宣言して、最終話で「祭りは終わりだ」と言う。どこかで終わってしまうことを、実はちゃんと知っている気はします。
いやぁ、そういえば、おっさん成分、ほぼなかったですね。タクトたちの青春が眩しすぎて、そんなことすっかり忘れてました(笑)。
>“お父様”をぶん殴り、アルフォン…スガタを救い出し、全てが解決して南十字島に還り付いた彼らは、普通の少年少女として青春を謳歌するのでしょうが、丸投げされた後日談はきっと補完されますよね?
>たくさんの謎も放置されたままなので、劇場版展開はカタいと思っていたんですが、まるで狐…いや、副部長につままれた気分です(汗)。
Blu-rayの情報(というか、価格ですが)を眺めている限りでは、なさそうな気が(汗)。割と、僕は普段から作中の謎にあまり興味がない人なので、さらーっと流してしまいましたが、他の人の感想を読んでみる限り、やはりもう少し謎を解明して欲しかったみたいですね。5月だかに、オフィシャルガイドブックが出るようなので、そちらに期待ですかね? メディアミックス作品があるなら、じいちゃんたちの物語が読みたいですね!
>とりあえず成層圏附近に派手にぶちまけたデブリは、全部片付けて行って欲しいです。
それがタクトたちが未来でする仕事になったら……面白いですね(笑)。ザメクの破片がデブリとして存在していることで、今度は人が宇宙に出ることができなくなっているので。完全に『プラネテス』ですが。
いつもこちらのコメ1に対し、平均3倍返しのレスありがとうございます。
履歴の上下からすごい圧迫感を受け、過呼吸起しそうな今日この頃です(笑)。
きっとシモーヌを蘇生させたダレトスのように活用されることが、意志ある機械・
サイバディの本懐だったのでしょうね。
そうすると、管理しつつ平和利用するという“おとな銀行側”の主張はそれに適う
訳ですが、人間の手に余るほどに大き過ぎるテクノロジーはまた、人の欲望をも
刺激し、人類の脅威になり得ることは、昨今ひしひしと感じることです。
夫唱婦随にタカシを援護しつつもダレトスと心を通わせたことで、破壊される
サイバディに心を痛めるシモーヌは実質、巫女の位置であってもおかしくないですね。
実は、タクトの言葉に頬染めて、はにかんだ愛らしい表情を見て以来、スタドラ女子で
一番のお気に入りだったりします(笑)。
タカシは果報者ですよね。
恐らくサイバディが悪用された時の為のカウンターとして、タウバーンを任せられた
ツナシ家が、トキオのような人物を輩出してしまったり、巫女であるワコですら
トキオのように現状維持を望む心があったりもするように、精神的に不安定な地球人を、
それでもエントロピープルという存在は尊重して魔力を放棄したのでしょうか。
「大魔王のせいで人間は魔法が使えなくなった」とは、人妻さんの問いに対する
ミズノの答えでしたが、ザメクや古代銀河文明の力を当てにして、一足飛びに強大な
魔法を得ようとする人間のことを指していたのかも知れません。
ところで貴族社会に於ける、“富める者の義務”を自然体で実行する人妻さんが
各所で絶賛されていましたが、対して「か弱き者を助く」というツナシ家の家訓は
“騎士道精神”そのままですね。
するとタクトはミスター・キシドー………すみません忘れてください(汗)。
>れおぽんさん
どうも、かもめです。コメント、ありがとうございます。
>いつもこちらのコメ1に対し、平均3倍返しのレスありがとうございます。
>履歴の上下からすごい圧迫感を受け、過呼吸起しそうな今日この頃です(笑)。
やっぱりこのコメント欄でのやり取りは「会話」だと思っているので、そう考えたら、あの文量になってしまう感じです(笑)。すべての話題に対して、やっぱり反応したいっすからねー。
>きっとシモーヌを蘇生させたダレトスのように活用されることが、意志ある機械・サイバディの本懐だったのでしょうね。
そうなるんでしょうね。シモーヌだけは間違いなく、サイバディの存在がないと、いまの青春を送れなかった人物だけに、あの台詞には非常に説得力がありました。ある意味で、スガタとシモーヌだけが、サイバディの存在によって、大きく人生を変える存在だったのかな、と思わなくもないですね。
そういえば、サイバディに意志があることをもう少し事前情報として描いて欲しいと思ったんですが、そもそもスタードライバーの選出は、サイバディの意志の描写でもあったんですかね。
続きます。
続きです。
>そうすると、管理しつつ平和利用するという“おとな銀行側”の主張はそれに適う訳ですが、人間の手に余るほどに大き過ぎるテクノロジーはまた、人の欲望をも刺激し、人類の脅威になり得ることは、昨今ひしひしと感じることです。
何かの管理問題のことを考えるとき、いちばん重要な観点は、人々がコントロールできると思えるかどうか(それが錯覚にせよなんにせよ)であることを考えると、あのシモーヌの言葉は、アンコントローラブルだと思われたサイバディを、一瞬にしてコントロール可能なものだと言い含めたという意味で、レオン・ワタナベの実子を思わせる描写だなぁ、と感じておりました。いずれは、投資家のカナコ様とは別の、経営者としての才覚が出てくる娘なのだろうな、と。
>夫唱婦随にタカシを援護しつつもダレトスと心を通わせたことで、破壊される
サイバディに心を痛めるシモーヌは実質、巫女の位置であってもおかしくないですね。
>実は、タクトの言葉に頬染めて、はにかんだ愛らしい表情を見て以来、スタドラ女子で一番のお気に入りだったりします(笑)。
>タカシは果報者ですよね。
僕の中では、今後タカシはいろんな負い目もあって、シモーヌにアゴで使われる風景しか思い描けなくなってはいますが(笑)。シモーヌの可愛さには、所謂記号的な(金髪青眼、メイド)という部分もさることながら、「青い眼の少女が休日に」や嫌っているはずの女性のフォローをひたすら親身にするなど、シチュエーション的な愛らしさが目立っている気がします。格好良さならタクトやカナコ様ですが、いちばん萌えるのは誰かと言えば、シモーヌですね。可愛らしい。
さらに続きます。
続きです。
>恐らくサイバディが悪用された時の為のカウンターとして、タウバーンを任せられたツナシ家が、トキオのような人物を輩出してしまったり、巫女であるワコですらトキオのように現状維持を望む心があったりもするように、精神的に不安定な地球人を、それでもエントロピープルという存在は尊重して魔力を放棄したのでしょうか。
基本的には、ワコやスガタ、ヤノ・マミやケイトに象徴されるように、南十字島内の人間は「現状維持」が基本スタンスだったのだと思います。それをぶち壊そうとしたのは、良くも悪くも島の外にいる人間(トキオやタクト)ですので、元々悪意を持って事を為そうとするのは外部の人に限られていたのだと思っています。これは例えば、ルリさんの物語をとっても、彼女がそれまでとは違って島の外に出ようと考えたのは、この物語の外部にいる名も知らぬ「先輩」の影響があったりで、一貫していた描写なのではないかなと。
どうやら、エントロピープルにも強硬派と部長のような穏健派がいたようで、スタドラはわかりやすい二項対立、勧善懲悪が軸にある物語(神話寄り)だと思います。ダブルオーなんかは、現実寄りの物語ですね。
>「大魔王のせいで人間は魔法が使えなくなった」とは、人妻さんの問いに対するミズノの答えでしたが、ザメクや古代銀河文明の力を当てにして、一足飛びに強大な魔法を得ようとする人間のことを指していたのかも知れません。
そこの解釈は難しいですが、僕は作中での「魔法=信じること」だと思っているので、大魔王の存在(強大な力)があることで、人々に本来備わっていた力を信じることができなくなった、ぐらいのニュアンスで捉えてます。
もういっちょ。
らすとわん。
>ところで貴族社会に於ける、“富める者の義務”を自然体で実行する人妻さんが各所で絶賛されていましたが、対して「か弱き者を助く」というツナシ家の家訓は“騎士道精神”そのままですね。
>するとタクトはミスター・キシドー………すみません忘れてください(汗)。
ノブレス・オブリージュですね。ものすごくシンプルにスタドラを眺めると、日本に外部の西洋的概念が根付くことでブレイクスルーが起きるという骨格を持っている作品なので、人妻さんやタクトの在り方は非常に率直な感じです。この辺もどちらかというと、現代の物語というよりも、ちょっと昔のアニメを想起させられる部分ですね。
三たびこんばんは。
まさか経済学的(経営学?)分析まで入ってくるとは思いませんでした(笑)。
私としては二人も娘を儲けた相手に、まだほんの少女(汗)であったカナコを
引き合わせた、シモーヌ姉妹の母親に興味があるのですが。
封印という形を取っていたがため、ある意味平穏に停滞していた南十字島には、
ツナシ・トキオという破壊者が、まず必要だったのかも知れませんね。
彼率いる綺羅星十字団の、茶番劇の如き暗躍がなければ、タクトは島での存在意義を
見出せなかった可能性もあるでしょうか。
レイジは“0時”で正解のようですが、トキオは“時O”であるらしいですね。
ちなみにタクトは“拓人”ではないかと思っているのですが、オフィシャルブックが
出るなら、せめて登場人物名に仕込まれた意味の種明かし位はして欲しいですよね。
切り込み隊長のように、タクトが南十字島にやって来るエピソードから始まる
スタドラに対し、BONESの一昔前の作品“ラーゼフォン”は、東京という閉ざされた
世界から、半ば強引に主人公が開かれた世界である南の島に連れてこられるという、
スタドラ世界を反転させたような構造になっているのですが、旧ハガレンやDTBファン
ならば、抑えておいたほうがいい作品ですよ。
辻褄の合わないところもありますが、むしろTV版よりも整理されてメッセージ性が
明確な、京田監督の劇場版を先に視聴されても差し支えないと思います。
クリエーターがやりたい放題やって些か暴走気味なところが、なによりスタドラと
共通しているんじゃないかと思います(笑)。
随分な文字数のコメ・レス応酬になってしまいましたが、これにて最後にします。
かもめさんもお忙しい中、貴重な時間を割いてお付き合いいただき
ありがとうございました。本当に楽しい作品でしたね。