WS000331「墓から這い出てくるのは、何であれ怪物(ゾンビ)だよ。親でも友達でも恋人でも…… そんな気持ち悪いもには変えられないし、変えちゃいけない。俺はそう思うけど」(藤井蓮)

『Dies irae〜Acta est Fabula〜』のネタバレ感想/プレイ日記です。


 メルクリウスの名前があまりに多すぎて、どう呼ぼうか迷う。今回はヘルメス・トリスメギストスでもあったということですが(どうやら古代神話に忠実のようですね)、ここまで来ると複数名前があるのも何かガジェットなんじゃないか、と思えてくるなぁ。今の所複数名前を持たないのは、香純と司狼ぐらいじゃないかな。玲愛先輩はテレジア(神の贈り物)という洗礼名を与えられていることから、「あっち」側の存在であることはわかるし。蓮もツァラトゥストラと呼ばれている限りは、「あっち」側の存在なのだろう。

 いやはや、メルクリウスの呼び方だった。これはまだ作中では登場していなかったかもしれないけれど、「カール・クラフト」で固定していこうと思います(サントラに収録されているドラマCD『Anfang』で、ラインハルトに名乗ったときの名前)。

 カールとラインハルトの会話から始まる第二章。「既知感」と呼ばれる作中概念の説明から、ラストのヴァレリア神父と蓮の死生観の会話まで読み応え十分でした。

 人は毎日未知を経験するために生きているため、生まれた瞬間からありとあらゆることが既に経験したことがあるような、既知感を覚える者は生きていないという。ゆえに、死ねないと。このハッタリの効かせ方がカッコいい。

 言ってみれば、カールの起源がヘルメス・トリスメギストスという「伝説上の人物」であり、ある意味生まれたその瞬間に書物の中に封じ込められたわけですよ。彼の一生は既にそこに記されていて、カールはその中の登場人物でありながらも、メタ的に読んでいる読者であると。だから、あるページに到達すると、自分が既にそれを経験したことがわかってしまう(自分の経験だと認識してしまう)。そんな生きているのか、死んでいるのかわからぬ状況を打破すべく、組んだ相手がラインハルト・ハイドリヒ。

 だけど、その法則を破壊するということは、書物自体も破り捨てることになるという。これはなかなかに切ない。そんな悲哀を感じさせる彼ですが、その事情をわかっているのか、法則を破壊したとして元に戻す必要などないという風なことをいっていたりとかカッコイイ。というか、完全にこの世界の法則を作ってるのはおまえだろ(笑)、とかそーゆー突っ込みを入れたくなります。法則の創造主に会いたいと獣殿はプロローグで言っておりましたが、あなたの隣にいます



 そして、今回のもう一つの見所は、黒円卓第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーンとの邂逅。日常のワンシーンとして、蓮たちが(というか、正義の味方の香純が一方的に)助けたのが、道ばたで困っているヴァレリア神父その人でした。玲愛先輩の住む「教会」の関係者として登場する彼ですが、プレイヤーには黒円卓の人間だとわかっているので、蓮の日常が徐々に犯されていくのをひしひしと感じます。

 FカップFカップと玲愛に散々言われ、ユーザーの期待を高めていたリザ・ブレンナー(玲愛先輩の母親代わりの女性。泣きボクロが色っぽい!)も当然黒円卓の人間なので、蓮の周りは本当に黒円卓関係者しかいません。ホント香純だけが、癒しの存在です。この子もどうやら蓮のことを憎からず想っているらしく、反応がいちいち可愛いです。「妬いているの?」から始まる下りは、蓮同様本当に何を言っているのか意味がわからず可愛いです。

 そんな日常の幕間劇を垣間見ながらも、核心となる会話が。こんな状況だから、「両親は心配ではないんですか?」と言うトリファに対して、「両親何それ?」みたいな反応をする蓮が、どこまでもやばい感じを出してます。やっぱり、これは(カールに)「作られた存在」(彼自体がそもそも「非日常」的な存在)とかっぽいなー。だからこそ、目の前の日常に執着しているのかも。

 ただ「死者に会う方法があるとすればどうする?」という問いに対する答えは、個人的に納得感がありました。結構共感します。上記で引用している台詞ですが、「いまこの瞬間」を本当に大切に、失いたくないと思っている彼だけに、(死者を蘇らせてでも)失われたものを取り戻そうとすることは、おかしいと。それは失ったものの大切さを軽く見過ぎている。命をゴミと同列に堕する考えだと。

 これニーチェというよりは、ハイデガーの「ダーザイン、ダスマン」という考え方に近い発想なんじゃないかなぁとは思いますが(確か影響を受けていたはずなのでさもありなんという感じですが)、ようは僕たち人間は「いま、ここ」にある現在にしか生きることが出来ないにも関わらず、遠い未来を夢みたり、過去に固執したりして「いま、ここ」を生きようとしていない。だから、「いま、ここ」を生きようよ、というのが、簡単にいったときのハイデガーの主張となるんですが、そんなある種の真理に近い考え方。

 だけど、ヴァレリア・トリファが自身のことを「俗物」だというように、あるいはこの会話を聞いていた櫻井螢(黒円卓第五位)が苦言を示すように(彼女自身もトリファも、死者を蘇らせるといった願いを持っていることが窺える)、普通の人はそんな生き方を、考え方を実践することはできない

 だけど、そんなことがもしできるのなら?

 それは、同じように、世界の真理に最も近いといわれたヘルメス・トリスメギストス、カール・クラフトの写し身ではないかと。代理人たるツァラトゥストラではないかと、そう推理が働いていっているという展開です。すげー難解ですが、多分こんな感じです。まあ蓮は「まるで天使のようだ」といわれる香純のそばで、おまえが天使なら、俺は宇宙の神様に成れると冗談を零していたり、まんまカールと同じ発想ですからね。これはバレる

「祈れば叶う。泣けば奇跡が舞い降りる。そのようなご都合主義(デウス・エクス・マキナ)、私に言わせればもっとも唾棄すべき邪悪でしかない。もし斯様な法則が成り立つなら、我が祈りは宇宙開闢すら起こしただろう」(カール・クラフト)

→参考文献

ハイデガーの思想 (岩波新書)
ハイデガーの思想 (岩波新書)

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