空の境界(上) (講談社文庫)「自殺に理由はない。たんに、今日は飛べなかっただけだろう」(蒼崎橙子)

 奈須きのこ『空の境界』第一章「俯瞰風景」のネタバレ感想です。


ある意味、「型」に嵌めることで物語を読む自分にとって、『空の境界』のような、ジャンルを超えて、「奈須きのこ作品」としか言いようがないものの感想を書くのはひどく苦手なのですが、それでも書いてみようと。

 いつかこのような、「型」を超えた物語を読み解けるような言葉を手に入れられたらと、そう願ってやまない。それはおそらく、その文章自体が「極上の物語」じみているのだろうな、という予感だけはあるのですが、今はまだまだ遠く、頂はまったく持って見えてこないわけですが。

 それでも、まあ一歩一歩進んでいこうよということで、今年は奈須きのこ、森博嗣、連城三紀彦辺りを読んでいこうかな、と。その第一歩として、『空の境界』の原作小説、アニメの感想を書こうかな、と思います(多分、『Fate/stay night』までは今年中に辿り着けると思うのですが、その前に『魔法使いの夜』になるかも)。僕は奈須きのこ作品の中でも、一番『空の境界』が好きなので、頑張りましょう。



「無論、君にとっての逆だろう」

「……式と君は近いな」(蒼崎橙子)


 と、徹頭徹尾、両儀式と巫条霧絵は対照的な存在として描かれている。

 二つの人格が一つの身体にあった両儀式と一つの人格で二つの身体を操る二重存在としての巫条霧絵。二年前の事故で自分の中が空っぽになってしまった式と外側に見えるものが何もかもなくなってしまった霧絵。まったくもって正反対。どこまでも交わることのない、平行線だ。

 そして、唯一点の共通点は、黒桐幹也に惹かれていることだけど、やっぱり想い方はそれぞれ正反対で。彼を「いま、ここ」にいる自分の「拠り所」にしている式と、「いま、ここ」にはない、どこか遠くへ連れて行ってくれる存在としてみる霧絵。

「でも、あいつを連れていかれたままは困る。拠り所にしたのはこっちが先だから、返してもらうぞ」(両儀式)

「そう――わたしは、彼に連れていってほしかった」(巫条霧絵)


 そんな対照的な二人を両軸に、「俯瞰」という概念のもと語られるのが本章。橙子さん曰く、認識には二つあって、それは「箱の中の視点」(実感)と「箱の外の視点」(俯瞰)だという。そして、そのどちらもが大切なのだと。どちらかに逸脱しすぎたとき、人は怪物へと姿を変える。

「人は箱の中で生活するものだし、箱の中でしか生活できないものだ。神様の視点を持ってはいけない。その一線をこえると、ああいった怪物になる。幻視(ヒュプノス)が現死(タナトス)に代わり、どちらがどちらなのか曖昧になって、結果判別がつかなくなる」

 そう言葉を続ける橙子さん本人も、今は下界を見下ろしている。
 地に足をつけて、下を見ている。
 それはとても大事な事に思えた。


 これは、結局どこまでも「生きたい」(と思っていた)霧絵が、式に文字通り「殺される」事でそちらに魅入られてしまったことにも関係していて。橙子さんが、語っているように、半径10メートルの出来事、「箱の中の視点」で感じる「実感」の方が人はリアルに感じてしまう。でも、高いところから俯瞰している風景も同じ世界で、霧絵さん視点でいえば、死(実感)と生(俯瞰)共に在る世界で生きているはずなんですね、本来なら。

 しかし、俯瞰して浮遊し続けていた彼女にとっては、死という「実感」はあまりにも甘美であった。しかも何が厄介なのかというと、唯死ぬだけはなく、振り幅をもって、俯瞰から実感へと急激に反転していかなければ、彼女は救われない。満たされない。

 わたしの最期は、やはり俯瞰からの墜落死がいいと思うのだ。

 ここに『空の境界』全編に渡って描かれている「虚構性」が隠れていて、霧絵さんは気づいているんですよね。式に殺されたときのような――あえて付けますが――「ほんもの」の「死」を実感する事はできないと。自分がどれだけ頑張ろうとも、自分が得られるのはあの「ほんもの」の感触ではなく、どこまでも「偽物」でほんものに似た何かでしかないことを、霧絵さんは知っていた。だけど、それでもその「ほんもの」を目指す覚悟を、彼女は持つわけです。

 そんなこれからの物語で、多くの登場人物が是的に描かれる姿を、

「自殺に理由はない。たんに、今日は飛べなかっただけだろう」(蒼崎橙子)

 とぶった切る橙子さんが、マジ格好イイ。彼女にどれだけ覚悟があろうとも、自殺してしまった時点で自殺という「記録」として、残るだけ。彼女の覚悟は誰も「記憶」していない。それは言ってみれば、いまの式に残っている「記憶」と同じで、そこに「実感」が宿る事はない。

 だから、式が昔の「記録」を頼りに街を歩いても、それは「擬態」でしかなく。いまの式として時間を、記憶(実感)を重ねていくしかない。すでに、彼女は「俯瞰風景」を手にしているわけだから。

#結局、霧絵さんにとっては、箱の外も中も空っぽでしかなかったんだろうなぁ。切ない。

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