「ずっと見てるのは、好きだから、でしょ?」(ヨウ・ミズノ)
『STAR DRIVER 輝きのタクト』第十一話「サイバディの指摘活用術」のネタバレ感想です。ツンデレなシモーヌさんに、ニヤニヤ。
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「このシチュエーションは、気に入ってたんだけどな」(ワタナベ・カナコ)
なんで突然「おとな銀行」のエピソードを入れてくるんだろうなぁ、と不思議に思っていたんですが、偽名を使っている(嘘をついている)ことを知りながら、シモーヌをそばに置いていたカナコと、ミズノの「大丈夫の呪文」は嘘だと思いながらも信じてるマリノさんを重ねているのかなぁ。
#りるさんの感想を読んで、なるほど!と思ったんですが、あの呪文、逆から読んだら「千駄ヶ谷立川三鷹」となるだけで、特に意味はないんですよね。
とはいっても、立場は真逆なんですよね。今回ずっと「見る」というのがキーワードとして出ていて、ずっといろんな「視線」が気になっていたんですが……(特に、ヘッドの視線が島の「外」に向いてるところとか! サカナちゃん!!)。
「ずっと見てるのは、好きだから、でしょ?」(ヨウ・ミズノ)
「考えてみれば、鏡で自分の鏡を見ているよりも、あの女の顔を見つめていた時間の方がずっと多かった」(シモーヌ・アラゴン)
マリノさんは見てる方で、カナコは見られる方。そして、その視線の相手とは、どちらもどこかすれ違っている。マリノさんが見てると言われて、真っ先に思い出したのはミズノではなく「タクト」で、カナコはシモーヌのことを好いているように思われるけど、シモーヌは「大っ嫌い」と。まあ、この「大嫌い」はどこか本心を否定しているような、ツンデレチックな印象を受けるけど。
「やはり、わたしは、この女が大嫌いだ」(シモーヌ・アラゴン)
#ピアノを弾くタカシをじっと見つめているシモーヌと、タカシがシモーヌを見つめる目はやっぱり全然違いますよね。
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でも、はっきりとは描かれていないけれど、きっとカナコもミズノも相手のことを見ていたんだろうなぁ。
「考えてみれば、鏡で自分の鏡を見ているよりも、あの女の顔を見つめていた時間の方がずっと多かった」(シモーヌ・アラゴン)
このシーンで十字団の仮面を被らせるのが、すっごく良かった。偽名を使うことで「偽りの仮面」を被っていたシモーヌにとっては、この姿こそがずっとカナコに見られていたものだろうと。そんな仮面を被った姿を、自らに目撃させ、安心させておいて……、相手は自分の素顔を知っていたという。
そりゃあ、シモーヌさんも意固地になって、あんたなんて嫌いと言ってしまうわ(笑)。一人芝居ならぬ、独り相撲だったんだから。
ミズノはミズノの方でなんでそんなにもあっさりと、
「ずっと見てるのは、好きだから、でしょ?」(ヨウ・ミズノ)
と言えたかというと、きっとお姉さんが大好きでずっと見ていたからなんだろうなぁ。
R-style STARDRIVER 輝きのタクト (BOX)
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コメント
お久しぶりです、かもめさん。 就活されたりでお忙しいようですが、お元気ですか。スタドラは『綺羅星の双子編(笑)』に入って、ますます目が離せない展開ですね(BONESには天文部でもあるのでしょうか)。
銀に去られてやさぐれる黒ならぬ、水色(サカナちゃん)に去られて黄昏れる紫(ヘッド)だの、特異能力を持った綺羅星団員達が、変態指数の増した契約者に思えたりだの、ツッコミ所が多過ぎて困る作品ですが(いい意味で)、不幸色漂うピンク髪の双子姉妹と主人公とのハッピーENDは無さそうな予感がするので、せめて記憶を失くしても新天地で安全な生活を送ってくれればと、切に願っていたりします(汗)。
ところで、素性を隠して復讐に燃える夫の愛人の娘を仕えさせるというシチュエーションに至っては、最早スタドラではなくて昼ドラですよね(笑)。きっとシモーヌは、カナコの元でひとかどの人物に育っていくのでしょうが、それは中年有閑マダムのやることだと更にツッコんでいる自分に気が付いたりしています(苦笑)。
>れおぽんさん
どうもー。お久しぶりです。就活疲れ以上に、部活の引き継ぎに手間取っていて、あまり元気ではありませんが(笑)、まあなんとかやっております。
>スタドラは『綺羅星の双子編(笑)』に入って、ますます目が離せない展開ですね(BONESには天文部でもあるのでしょうか)。
言われてみれば、星絡みの作品が多いかもですね(エウレカセブンとか)。何ででしょうね? やっぱり空には浪漫があるのだろうか……。
>ツッコミ所が多過ぎて困る作品ですが(いい意味で)、不幸色漂うピンク髪の双子姉妹と主人公とのハッピーENDは無さそうな予感がするので、せめて記憶を失くしても新天地で安全な生活を送ってくれればと、切に願っていたりします(汗)。
本当にツッコミながら見るアニメですよねー。僕はいつも一人で見ていますが、集まってわいわい言いながら見るのも面白そうです。
ミズノちゃんが何かを失うとしたら、日死の巫女編は「視線」に焦点が当てられているので、視力とかかなぁ、と思っていたりします。
それでもお姉ちゃんのことが大好きなミズノを「見たい」ですね。
続きます。
続きです。
>ところで、素性を隠して復讐に燃える夫の愛人の娘を仕えさせるというシチュエーションに至っては、最早スタドラではなくて昼ドラですよね(笑)
結構昼ドラチックな感じですが、見せ方を変えるだけでこれほどまでに学園モノ、というか、青春もの!になるというのが、感動です。いや、本当にこの設定でなんでちゃんと学園モノになっているのか不思議で仕方がない(笑)。
>きっとシモーヌは、カナコの元でひとかどの人物に育っていくのでしょうが、それは中年有閑マダムのやることだと更にツッコんでいる自分に気が付いたりしています(苦笑)。
そんなツッコミも製作陣は頭に入れているのかもしれないですね。そうしたツッコミを、もとい本筋の物語を躱しながら、ぐいぐいと惹き込まれていくのが、たまりません。