アウトプット、インプットについて想いを馳せてみる。今感じていることイコールやろうとしていることなんですが、アウトプットとインプットの良いサイクルを作ろうとしているんですね。サイクル(循環)というよりは、フロー(流れ)という方が近いかもしれない。
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ジェームズ・ヤングの『アイデアのつくり方』なんかに詳しく書かれていると思いますが、人間の脳というのは、ある一定量のインプットが済むまでアウトプットには移行しないようにできていると言います。コップに水を入れると(インプット)、ある量で溢れてしまう(アウトプット)みたいなイメージですね。
「アイデア」というのは既存の要素の組み合わせだとヤングは言いますが、これはまったくその通りで。野村美月さんの『文学少女』シリーズに登場する天野遠子先輩は本を食べる妖怪です(失敬、文学少女でした(笑))。このように、ある要素とある要素に新しい関連性を見いだすのが、「アイデア」の創出、すなわちアウトプットに他ならないわけですが、これただ待っているだけじゃあ生まれません。
わかりやすい例として、僕は自分の書いた『Darker Than Black−黒の契約者−』の感想を挙げてみますね(宣伝じゃなくて、良い例なので)。この第一話の感想を読んでほしいんですが、お世辞にもうまい感想ではないですよね。読み込みも甘いし、何が何だかよく分からないことを言っている(苦笑)。今読み返すと、だいぶ恥ずかしい(笑)。
だけど、僕の感想を順に読んでいったら気づいてもらえると思うんですが、実はこのぐだぐだな感想がどんどん良くなっていってるんですね(本当に自分で言うのもなんですが(笑))。特に12話辺りからでしょうか、目に見えて良くなっている。
ちゃんと作品が読み込んで(ユニークなインプット)、自分の感想として書いている(ユニークなアウトプット)。あの飴の解釈は他では見たことがないです。
もちろん作品が進むにつれてわかりやすくなっていったということもあるんでしょうが、このときの僕は「ああ、なんかわかる」という気持ちを持ってました。ばーっと視界が開けたような感じですね。なんか考えられる!という喜びだった。
で、それが上述した、ある一定量のインプットが溜まったのでアウトプットに移行した、というシンプルな形ではなかったんじゃないかと思うわけですよ。だって、それまでも散々作品を見て(インプット)、感想を書いてきた(アウトプット)わけですから。それが劇的に変わったのは確かですが。
果たして、ひたすらインプットだけをし続けて、あのアウトプットができたのかなぁ、と。ヤングのこの著作はアイデアを創出することに特化して書かれていたので、あまりインプットについては言及されていなかったと思うんですが、優れたインプットはアウトプットが生むのではないかなぁ、と思うわけです。ちゃんと理解しているのか知りたいなら、人に教えてみろ、と言われるように。図にしてみるとわかりやすいですね↓
(普通の)インプット
↓
(普通の)アウトプット
↓
(優れた)インプット
↓
(優れた)アウトプット
↓
(より優れた)インプット
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(このサイクルが続く)
ようは、インプットとアウトプットが、より質の良いインプットとアウトプットを生む。インプットとアウトプットは相互補完的な関係で、どちらも欠いてはいけないのではないかと。すげー当たり前のこと言ってますね。でも、インプットとアウトプットの関係っていうのは、そういう風にできているんじゃないかなぁ。この辺り、感想ブログをやっている方なら、結構分かってくれるんじゃないかなぁ、と思うんですが、どうでしょうか?
作品の感想を書き続けていると、なんか他の作品を読んだ時、より深いところまで読み込める、という経験はありませんでしょうか。
まあ、本気で(というか好きで)書いていたら、間違いなくあると思うんですが、これまたご存じの通り、この関係はどこかでやめるとインプットとアウトプットの力が落ちます(笑)。今の僕です。
だからこそ、昔よりも多少質は悪かろうが(それでも本気でやってるんですが)、アウトプットをしていこうと。いいインプットを生むために。
→参考書
アイデアのつくり方