「刹那、おまえは変われ。変わらなかった俺の代わりに」(ニール・ディランディ)

 第十五話「反抗の凱歌」の感想です。


「刹那、過去によって変えられるものは今の自分の気持ちだけだ。他はなにも変わらねぇ。他人の気持ちや、ましては命は……」(ニール・ディランディ)

 未来に生きることよりも、過去の敵討ちを願ったが故に、変われなかった(=過去を克服することができなかった)ロックオンからの、「未来を生きろ」というエール。

 そして、何より「過去」では他人の気持ちも人の命も救えないけれど、「今」なら救うことができるんじゃないか、そして、共に「未来」を生きられるのではないか、というメッセージが込められているように思う。 

 ここに来て、第十二話でライルロックオンと刹那が「未来のためか?過去のためか?」という会話をしているのが、感慨深くなってくる。なんとなくライルが「未来」と口にした時(第九話)は胡散臭い感じがしていたんですが(笑)、その気持ちが嘘偽りのないものだというのが、はっきりとわかりました。てか、第九話の会話って、ミスディレクションでもなんでもなく、そのままの会話だったわけですね。

 ニールは「過去」を克服できなかったけれど、ライルは「未来」を向いていたという。



「四年前、あなたがくれた手紙にこう書いてあったわ。人と人がわかり合える道を、その答えを探しているって。わかり合うためには、互いを知ることから始めないと……。その時間ぐらい、あってもいいでしょ?」(マリナ・イスマイール)

 この後の子供たちが空気を読みすぎていて、イイ。池田さんとかミスター・ブシドーに、爪の垢を煎じて飲ませたい。

 前期では刹那が問うて、その答えを口にできないマリナさん、というのが定番と化していて、それを象徴していたのが最終話の手紙だった。
 四年前その手紙に返信する術も、その答えも持っていなかったマリナさん。そして、その答えを聞く気もなかった(夜這いした時は途中でさっさと帰ったし、手紙は遺言だった)刹那とが、ようやく「対話」し始めた。

 その「対話」が為されたことによって、四年前はただ一方的に刹那の行いを否定するだけだったマリナさんが彼を理解し始め、また刹那は刹那で王女という「役割」に縛られなくなったマリナさんを認めた。

「対話」の肯定と「役割」の否定。



 そして、

「マリナ、今度会った時子供たちの歌を聞かせてくれ」(刹那・F・セイエイ)

「未来」へ。その「約束」へ。やっぱり、この二人の関係良いな。姉弟とも母子とも、恋愛関係ともいえない微妙な二人の関係が好き。



「篤と見るが良い。我が盟友が作りし、マスラオの奥義を!」(ミスター・ブシドー)

 MSのガジェットが作品テーマにダイレクトに連動してたりする作品なので、トランザムが使えるブシドーさんも自身を「変革」できる人なんだろうか。

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