「とっとと行くぜ、ミシェル」(早乙女アルト)

 第09話「フレンドリー・ファイア」の感想です。ミシェルとジェシカの差っていうのは、味方にどれだけ信頼されているか、だったのかな。


「撃てぇー、ミシェール!」(早乙女アルト)

 今回は、ミシェルの閉塞空間ならぬ、閉塞思考のお話。お姉さんであるジェシカは何を思って、あのとき撃ったのか、ミシェルにはその答えがわからず、堂々巡りで行き場のない思考に陥ってしまうわけです。それが、自身も姉と同じような経験をすることで、答えの取っかかりを見つけ、閉塞思考から抜け出していく。今回はそんなエピソード。

 で、その答えですが、今回のエピソードを透かしてみると、ようは信頼感の有無ということになるんじゃないでしょうか。冒頭でアルトに信頼されていなかったミシェルがフレンドリー・ファイアしてしまうように、愛人に信頼されていなかったジェシカもフレンドリー・ファイアしてしまう。ここにはもちろんジェシカ(あるいはミシェル)自身の腕もさることながら、獲物を押さえつけている味方が彼らの腕を信じていたのかということが重要なんじゃないかな、と思うわけです。

 ようは、愛人さん、おまえ、ジェシカの腕を信頼してなかっただろ? と言いたいわけで。ジェシカさんが自殺した理由も、その辺り(信頼していた人に裏切られたような)が関係していたのかな、と思わなくもないですね。

 まあ、そんな真実の追究よりも、

「でも、いつかわかるかもしれない。そうだろ、姉さん?」(ミハエル・ブラン)

 という台詞のように、ミシェルがどこかへたどり着くでもない思考から、抜け出したことの方が何よりも大切なわけですが。



 やっぱりこの作品は何かしらの閉塞感(空間であったり思考であったり)から抜け出すことにカタルシスを覚える作品だなぁ、と改めて思いました。面白い。

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