「俺はパイロットだからな」(早乙女アルト)

 第06話「バイバイ・シェリル」の感想です。ダイアモンド・クレバスもシェリルの持ち歌だったのか。今回は、シェリルの本音、本質が垣間見えた回でしたね。


「あたし、ギャラクシーが嫌いだったわ。身寄りのないあたしが暮らすには、あの船は最低だった。でも……」(シェリル・ノーム)

 フロンティアがアルトにとっての閉塞空間であるのと同じように、ギャラクシーはシェリルの閉塞空間だったと明かされる今回のエピソード。

 その閉塞空間から抜け出そうとする意志(=飛ぼうとする意志)が肯定的に描かれる本作にあって、閉塞空間から抜け出したはずのシェリルがその閉塞空間に拘り続けるのは何故か――、割と重要な箇所だと思います。

 というのも、前回が閉塞空間であることを肯定的に描いたエピソードだったと思うからで。どこかで閉じていない限り、循環することはない。

 表現がひどく曖昧ですが、ようはいつまでも飛ぼうとする意志を持ち続けることが大切で、そのためには当然腰を落ち着ける場所が必要なわけです(そこではある程度の閉塞感を感じずにはいられない)。

 飛んでいったら飛びっぱなし、それじゃあ、ただの独りよがりに過ぎない。これは作中「飛ぶ」と同義で使われる「歌う」も同じで、ただ歌っているだけではダメなわけですよ。それは第三話ですでに否定されている。ちゃんと誰かに聴いてもらうことを意識し始めるランカによって。

 そして、誰かに聴いてもらえたら、ちゃんと返ってくる。(間接的ではあったけれど)双方向のコミュニケーションが成立するのが描かれたのが、前回ですね。本当に作品として描きたいのは、こちらの方じゃないかと思います。キャッチボール、あるいはビリヤードみたいな。



「勘弁しろよ。おまえにそんなしおらしいこと言われると、反応に困る」(早乙女アルト)

 あくまで、自由奔放、豪毅なシェリル・ノームであれ、というアルトですが、むしろ彼女の本質っていうのは「静」的部分にあるんだろうな、という印象を受けました。そういうバックボーンがあるからこそ、前回ランカのライブシーンを動的に描いていたのに対して、今回のシェリルはあくまで静的に、静かに描いていったのだろうな、と。すなわち、

 静のシェリル・ノーム。
 動のランカ・リー。

 どこかで二人がデュエットすると良いよね、みたいなことをコメント欄に書きましたが、その際にはお互いの持ち味が表れるような楽曲になったら良いですね。



「連中に歌でも聴かせてみますか?」
「それがわかる相手なら、まだマシだったさ」


『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』を見ただけなのでアレなんですが、宇宙を救った「歌」が本作では戦いの契機になっている(ように観察される)のが何とも皮肉です。ですが、これはこれで一人で歌い続けるランカのような、没コミュニケーション的な一手ですね。やはり、レオン・三島らは何かしら否定的に描かれるんでしょうか。



 そんなわけで、今回はシェリルの本質を垣間見、没コミュニケーション的な手を打つレオン・三島らの行き先を案じながらも、とりあえずアルトとシェリルのやり取りを堪能したエピソードでした。

 気になるトライアングルの行方ですが、個人的には恋人がシェリル、娘がランカで良いんじゃないかと思います。てか、これで丸く収まるんじゃないかと思うんですが(笑)。

→Blu-ray(もはや買わないという選択肢はない。この気持ち、まさしく「愛」だ!)




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