「空が低い」(早乙女アルト)

『マクロスF』第01話「クロス・エンカウンター」の感想です。事前情報をまったく仕入れずに見てるんですが、わけわかんねー(笑)。


 そんなわけでアレなんですが、一応作品の流れとしては、早乙女アルトとランカ・リー、シェリル・ノームの「三角関係」がメインになってくる感じなんですかね(←ちょっとは調べた)。……胃が痛くなりそうなアニメですね(笑)。



 で、ランカとシェリルのアルトへの関わり方なんですが、前者は「閉塞感」、後者は「プロ意識」という括りで見られる感じですね。

 そういう意味では、真っ暗な部屋で着替えながらシェリルの映像を見ていたり、ぎゅうぎゅう詰めの電車から押し出されたり、第一話の段階では何かと閉塞的な場所にいたランカ・リーが、開かれた場所でアルトと出会ったというのはなかなか意味深で。

「空が低い」という台詞に代表されるように、現状に閉塞感、息苦しさを感じているようなアルトが、コンサートで生き生きと飛ぶことができたのも、また彼女のおかげ。

 自身の閉塞的な状況には気づいていないかもしれないけれど、ランカは人を飛ばせる人なんでしょうね。



 一方、シェリルさんの方ですが、彼女は言うまでもなく「プロ意識」の塊のような人で、自分の仕事(=歌)に誇りを持っている。

 それが、歌舞伎にいまいちのめり込めない、誇りを持てないでいるアルトと対比される箇所で、彼女に影響される形でアルトもまた自分の仕事(=歌舞伎)に誇りを持っていく、「プロ意識」に目覚めていく……、そういう感じになるのかな、と。

 いや、まあ、思いっきりロボット(バルキリー?)のパイロットになりそうだけど(笑)。



 そんな感じで、ランカとシェリル、二人をまったく違う側面から見たわけですが、作品の軸となるのは、「閉塞感」の方かな、と思います。これ、何気にシェリルにも該当してますからね。

 というのも、多分、あのコンサートホールが「閉塞的な場所」として機能していて、シェリルもまだ狭い場所で歌っている……、と。そこから脱却して、もっと開いた場所(宇宙とか)で歌う機会がシェリルにはあるんじゃないかと思います。



 そういう意味では、OPの冒頭なんて象徴的で、ランカやシェリルを追うようにして、バルキリーが天へと上っていくというのが、「閉塞感」からの「脱却」、ひいては「飛翔」みたいな作品テーマを表しているのかな、と思ったりとか。

→主題歌CD(OPも挿入歌も良かったので、二枚とも買ってしまいそう)

トライアングラー
ダイヤモンド・クレバス


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