「この物語は悲劇じゃない! 何があっても、主人公は決して諦めないの。例え絶望しても、再び立ち向かう勇気を持っているのよ!」
「ハッ、そんな話つまんないわ。さっさと終わらせてあげる!」
「これは私の物語よ。勝手に終わらせはしないわ!」


 あー、やっぱりこまち先輩、良いッスね。
 周りをあしらう腹黒さもお気に入りだけど、こういう真っ直ぐなところもいいなぁ。復帰第一弾がこまちさんメインのエピソードで良かった。


『海賊ハリケーン』の奇抜な設定については、あえて問わないというのが、こまち先輩への優しさかと思います。傷心のこまちさんに追い打ちをかけてはいけない。いやぁ、しかし、まどかさんの登場シーン、マジで、こまちさんグレちゃったのかと思った(笑)。姉妹揃って、好みというのは良いね(何が?)。

 今回は「批評」をベースに感想が書く人が多そうなので、僕は「夢」について書いてみよう。



 こまち先輩の「夢」とナイトメアの「夢」の決定的な違いは、今叶わなければいけないものかというところだと思うんですね。ナイトメアのドリームコレットを手に入れて……云々という夢は今叶えなければいけないもの。こまち先輩の、みんなを感動させる物語を書き、そして、小説家になる、というのは今でなくもいいもの。
 もう少し言えば、過程を楽しむことができるものかできないものか、かな(でも、これについては言及しません。比較対象が悪すぎる(苦笑))。

 最近「成功する」ということに興味があって、勉強し始めているんですが、成功した人も最初はうまくいっていないものなんですね。成功していない人もやっぱり最初はうまくいっていないんですが、成功する人はそこで我慢できるといいます。大半の人が始めてもすぐに諦めてしまう中、チャレンジし続けられる、と。

 今回の「Yes!プリキュア5」でも、

「最初から上手くは書けないナッツ。みんな、失敗して、失敗を繰り返して、それでも……」
「失敗したら、もう一度やり直せば良いんだよ。チャレンジは、何度だって出来るんだから!」
「書き続ければ、必ず成長するナッツ。諦めなければ、きっと! だから、だから、夢を諦めるなナッツ!!」


 といって、諦めないこと、チャレンジすることの大切さを説いているのは、そういう成功物語が背景にあるんだと思いますよ。夢物語でもなんでもなく、現実的なお話。



 とくに、こまちさんの夢っていうのは、そんなに若い内から叶うものじゃない(あー、十二歳が書いたミステリーっていうの、実際ありますけれど)。今よりもずっといろんな事を知って始めて(こまちさんならきっともっと美しくなるんだろうから、その後に(笑))、書けるものなんだと思います。

 というか、夢っていうのは本来叶うか叶わないかというのは度外視して、追いかけ続けられるかというのが大切だったんだと思いますけれど(叶うことが大切というのは大人の理屈ですよね)。
 特にこまちさんの、小説を書くなんていうのは、自分自身がワクワクするから続けられるものだと思うんだけどなぁ(と一応昔小説を書いていた者からの意見)。ああいう話はどうだろう? こういう設定だと何が書けるんだろう? とか試行錯誤しているのが、一番楽しかった記憶がありますけれど(もちろん、面白いと言ってくれた時は嬉しかった)。

 最近の「Yes!プリキュア5」は現実とのギャップに苦しみながらも、理想を目指して頑張るというコンセプトが、夢を諦めてしまった僕に、なんとなく熱いものを蘇らせてくれるようであります。また書けるようになりたいなぁ、小説。
 こんな風に、夢を忘れてしまった大人に、夢を思い出させてくれる「Yes!プリキュア5」……、侮れません



「夢を見させてはならぬ。プリキュアを倒し、希望を潰せ。そして、世界を絶望に貶めよ」(デスパライア)

 この辺りのくだりを見る限り、デスパライアさまは夢を見られる人の強さ(怖ろしさ)というものをちゃんとわかっているようですね。やはり、夢を追いかけたけれど、敗れた人なのか。むか〜し、むかしに書いた感想でも、デスパライアさまは夢追い人だと書きましたけれど、どうでしょうか。

 十二歳の子が書いたミステリー↓ちなみに僕は未読。
殺人ピエロの孤島同窓会